本当に、もう二度と会うつもりはなかった。

少なくとも、自分からは完全に断ち切るつもりだった。だが、期間の短さを除けば、この展開は予想の範疇でもあった。

例の裏切りから一週間足らず。自宅近くの電柱の影で、きまり悪そうにカイジは立っていた。

「…で?『騙し取った1億2785万返せ』ってか?それとも『端数の2785万くらいはよこせ』か?…冗談言っちゃ困る。テレビのCMでおねぇちゃんも言ってるだろ?『必ず契約内容を確認し、無理のない返済計画を』ってな」

まぁあれだ、後でメシくらいはおごってやるさ…などと付け加えながら、遠藤は紫煙を吐く。

余裕たっぷりに見えて、実はあせりまくり。あんな置き手紙一枚残して消えてみせても、内心未練たらたら、実は会いたくて仕方なかった…などというそぶりは、悪徳金融業代表取締役の面子にかけて、この場で見せてはいけない。

だが、テーブルを挟んで向かい側、手を握り締めて過剰気味なスキンシップを取りつつ、ギャンブルへの参加を熱く口説くくらいの距離感で、しかも場所は自分の部屋。バイト仲間のあんちゃんや、小汚いおっさんの邪魔は間違っても入らない密室に二人きり…

女性経験は数多あるが、これほど胸がざわついたことはない。思春期の若造レベルで、遠藤はドキドキ…。

一方カイジは、切り出しにくそうにちらちらと視線を泳がせ、指を組んだり、落ち着きなく動かしたりと、やたらもじもじしている。その様子は初恋の人に告白する直前の、内気な恋する乙女に似ていなくもない。

そういえばお茶も出してなかったな、と、遠藤が席を立ちかけたところへ

「金のことはもういいんだ」

と、やっとカイジが口を開いた。

「…いや…やっぱアレはひでぇと思うけど…でも、俺も悪いのは、確かだから仕方がない。あんたが最後の命綱を無条件で差し出す人間じゃないってわかってて、あんたから金を借りるって時に借用書をチェックしなかったのは、完全に俺のミスだ。

それに…薬盛られて眠らせた時点で、あんたは俺の金どころか、おっちゃんの金も全部持ち逃げしようと思えば出来たんだから、金に汚い帝愛グループのくくりで見れば、あれはあれで、あんたなりの誠意とだったんだろうとは思う。それより…」

またカイジは言いよどむ。

なんだ?まさかまた、ギャンブルを紹介しろとか言うんじゃないだろうな?

たった一日で無一文、見かねた黒服の一人が3万恵んでやった話は、恵んだ当人から聞いて遠藤も知っていたが、あの大勝負から一週間もたたないうちのことである。あるいは本人の望まぬところで会長のお気に入りとなっているカイジには、本来ありえない3度目のご招待もあるかもしれないが、劣悪に悪趣味な会長を満足させるような舞台はそう簡単に整うはずもなく、また、きっちり金は返したとはいえ、金の入手経路は帝愛グループに後ろ足で砂をかけるようなやり方をした遠藤に、そう簡単に帝愛グループからの辞令は来ないことぐらい、カイジにだって少しは想像がつきそうなものだ。

 なんとなく気まずい雰囲気のお見合い状態、しばしの沈黙。

「俺の荷物の行方、あんたなら、知ってるんじゃないかと思って…」

 言葉の続きは想像したものではなく、遠藤は内心ホッとした。

「多分、値段が付くもんはみんな売られちまったとは思うんだけど…でも、あるだろう?どう見たって、他人から見ればゴミくずそのものってのが、当人にとっては値段もつけられないような大事なもんだってコトが。もう捨てられてるって、頭じゃわかってるけど、でも…」

 カイジはそのままグズグズと泣き出してしまった。あれだけひどい目に合わされた、仇敵の前で…である。

 ほんっと、バカだよな。こいつ。敵の前で隙を見せてどうする?食ってくれって言ってるようなもんだ。

 遠藤は立ち上がり、キッチンでいそいそと飲み物の準備をする。片方のグラスには当然のごとく白い粉。

 今回は半量くらいでいいか。

「まぁ、なんだ…これでも飲んで、少し落ち着け」

 手渡されたウーロン茶を、ありがとうと礼さえ言って、カイジはグビリとあおる…数秒でパタン。

 学習能力ゼロ…ったく、俺から出された飲みもんは飲むな、バカ。このまんまじゃ、結局また誰かのエサだ。

「だったらせめて、俺が骨までしゃぶってやるさ。なぁ?カイジ」

 せっかく自分から罠に飛び込んでくれたウサギさんだ。丁重にもてなすべく、遠藤は準備を始めた。


 目が覚めれば白い天井…学校の保健室?何年も前に卒業しているはずだから、そんなはずはない…じゃぁここは?

「あっ!遠藤…」

 意識のなくなる前に誰と会っていたかを思い出し、反射的に跳ね起きようとした…が、動かない。痺れているような感覚もあるが、それともなにか違う…両手が頭上でしっかりと拘束されている感じ…その方向へ頭を傾けて見れば、確かにベッドヘッドの頑丈なスチールのポールへ、しっかりと両手が紐で括られている。

 監禁だろうか?だが、帝愛グループに損害を与えたとはいえ、返すものはともかく返した。こんなことをされるいわれはない…

 ただ、もっとパニくってもおかしくないはずなのに、ふわふわした感じで、なんだか気持ちいい。現実が現実として捉えられなくなっている。この状況はヤバイ。早く現状を変えないと…などと思いはするのだが、はたしてこれが夢かうつつか?いっそ夢であって欲しいので、無意識はまた再び眠りに落ちようとする。

 ふと掛けられていた毛布が退けられ、カイジの体の上にずしりと重いものが乗る。

 再度まぶたを開けば、知っているような知らないような…中年の男と間近で目が合った。

「せっかく起きるのを待ってたんだから、寝るな」

 誰かと問う前に、聞きなれた声で遠藤だとわかった。もともと人の顔を憶えるのは苦手なタチだが、サングラスを取ったところを見たことがないとはいえ、仇敵の顔を忘れるとはなさけない。

 カイジがこの状況について、なにかひとこと言おうとするその唇に、いきなり遠藤のそれが重ねられる。

 噛み付くように強引に、だが、時に甘く優しく…やけに長い気もするが、案外時間にすれば短いのかもしれない。未だ半ボケの状態で、思いがけない先制パンチを喰らったので、野郎にそんなことをされたら、とりあえずは相手の唇に噛み付くとかしそうなカイジだが、今は翻弄されるまま、遠藤の口づけを受け入れてしまう。

 映画かなんかで、興奮してる相手の気をそらすために、不意打ちで野郎が野郎にキスするのは見たことがあるんだけど、これって…

 顔が離れたので、見てみれば、遠藤はバスローブを着てはいるが、中は何も着ていない様子だ。足には男の生アシの感触がする。自分の体全体で相手の体温をしっかり感じちゃってるあたり、もしかして自分は裸?

 ぞわっとするが、その考えは怖い。怖いけど確認しないともっと怖い。

もっとも、何が一番怖いかといえば、男にキスなんかされて、多分気持ち悪くなきゃならないはずが、なんだか気持ちよかったりした自分自身なのだが。カイジは事実から目を逸らし、その辺は気づかなかったことにした。

「あのさ…」

 カイジは恐る恐る口を開く。盛られた薬のせいか、いまいち呂律がまわらない。

「もしかして、その…やっちゃった?」

「いや、本番はまだ」

 ほっとしていいものかどうなのか…『本番は』ということは、その前段階はやったということで…何をされたか知らないが、ともかく、本番とやらを避けるためにも、この場は時間稼ぎをしなくてはならない。

「俺、遠藤さんがそっちの趣味の人だとは思わなかったんだけど…」

 視線を逸らしつつ、オドオドとそんなことを言ってみたりする。対する遠藤も、こんなことを仕出かした張本人のくせに、こころもち戸惑い顔だ。

「俺も別にそっちの趣味はねぇんだけどな。基本的に巨乳で経験豊富な玄人のお色気姐さんとしか、やったことねぇし、実際そういうお姐さん方しか興味ない」

「んじゃ、このありさまは帝愛グループから、俺にイヤガラセするように遠藤さんが命令を受けてたとか?」

「俺がノーマルだって向こうは知ってるんだから、そんな命令、普通なら俺にとっても罰ゲームだろうよ。…まぁこれは俺の意思ってヤツだ」

 自分にとって罰ゲームを自分の意思でするとは一体?さらに混乱するカイジに、これ以上、しゃべりたくないというように、再び口づけられた遠藤の唇を、カイジは噛んだ。血のにじむ口端を、遠藤は軽くぬぐう。

「寝てればいい子なのにな。大した経験もなさそうなのに、どこを触っても感じやすくて、かわいい声であんあん鳴く」

「ウソだ、そんな…」

 これが返事と、遠藤は左側の首筋に軽く歯を立てる。痛みよりもなにかゾクリとした感覚。思わずもれた己の声の甘さが、カイジには信じられない…いや、認めたくない。

ククッ…と笑う遠藤。

「でも、一番感じるのはここだ」

 そのまま舌を這わせ、行き着いた先は、普段はカイジの髪に隠れている耳の付け根…その縫い目をぞろりと舐めあげた。

「やっ…」

 かつて勝利を手にするために、自ら落とした耳。それも鋭利な刃物ではなく、ガラス片で削ぎ落としたため、医師はけっこう苦労したらしい…それはともかく、死と隣り合わせの忌まわしい記憶がオーバーラップするのに、体の奥では別の感覚に火がついている。

 自分が自分であり続けるためには、決して認めてはいけない感覚…こんな状況下での快楽。

「違っ…あんた、変な薬盛ったろっ!?」

「語るに落ちるってなぁこういうことだな。俺が盛ったのは普通の睡眠薬。体質によっちゃぁしばらく痺れが残るらしいが、いわゆる媚薬ってやつは使ってねぇよ」

 遠藤はカイジの、頭をもたげ始めたそれを握りこむ。

 無骨な手は、それらしく強くこすりあげたかと思えば、意外なほど繊細に優しくさすり…自分ですることはあっても、他者からの刺激を受けたことのないカイジは、それだけで体の中心から突き上げてくるものがあるが、拒絶したがる理性は必死で首を横に振る。

「い…イヤガラセじゃなきゃ…なんでこんな…」

 男にイカされる…カイジにとって屈辱的なことを決定的にしないために耐え、意識を逸らそうと口を開くが、臨界点が近いのか、息もたえ絶えだ。

 その言葉に、かわいがってるのに何を言うかというように、少し拗ねたような顔をした遠藤だが、何を思ったのか、すぐにニヤリと笑う。

「なぁに…地獄はなにも地下だけじゃないってことだ。どこにだって口を開いて誘ってやがるよ。…大体、せっかくもう2度と会いたくないような状況作ってやったのに、むざむざ俺のところへ来るお前が悪い」

「…なに…?」

「自分でもそうと知らずに罠にかけたのはお前。堕ちたのは俺一人だ…寂しいじゃねぇかなぁ?…だから、今度は俺がまた、お前を堕とす番だ。おんなじ景色は見れないだろうが、ちったぁ似てるかもしれないぜ?」

 また地獄に堕とす…そんな宣言とは裏腹に、またも重ねられた唇の感触は、ひどく甘い…

 どうして…

抵抗する気力はすでに失せ果て、快楽に濁る思考の奥から、幾度繰り返したかわからない問いが、再び浮かび上がる。

 いったい、何度達したのか。そしていつまで続くのか…

遠藤に、ただひたすらにむさぼられ、蹂躙されるだけなら、まだわかるのだ。だが…

監禁して、相手の自由を奪ってするSEXなんて、強姦以外のなにものでもないのに、太い楔を打ち込まれる時は、それこそ傷をつけぬよう、おそろしく気を使われた。

カイジの反応に対して、時折見せる不安や安堵の表情…いとおしくてたまらないというように見つめる目…ひどく優しい愛撫の手つきと指先…

 混乱する。

 そして、自分自身にも…

 この状況に怒り、憤りを感じるのならわかる。遠藤がどんな風に自分を抱いたとしても、ただひたすらにカイジを心地よくするための奉仕者みたいにされても、自分の意思でないことを強要されているのには変わらないのだから。だが…

 先ほどから何度も、理由もわからぬまま込み上げ、あふれる涙…それを遠藤は舐めとる。哀しむ主人を気遣う飼い犬みたいに、優しく。

 そうして優しく扱われると、なぜか寂しくてたまらなくなる。

 どうして…

 再び巡る、答えの出ない思考の渦。

大体、どうして俺はここへ来た?この男が絡むと、必ずなにか起こるのに…俺が未練を持っていたものは、俺がプライドとか捨てたら、こんなところへ来なくてもすぐに手に入るものだ。きっと、普通にまっとうに生きたいなら、少なくとも今回に限っては、くだらない見栄とかプライドとか捨てた方が絶対良かったはずだ。

なのに、なぜ…

 遠藤の愛撫を受けて、再びカイジのそれは熱く凝り始め、それに呼応するように、遠藤のそれもまた脈打つ。

「や…」

 足を大きく開かされるたびにもれる拒絶は、形ばかりのものになっていた。

 ノーマルな男なら、こんなことは屈辱以外なにものでもないはずなのに、カイジの体は、それを受け入れる愉悦を待ちかねている。

 快楽なら、いっそ、開き直って認めてしまえばいい。

 だが、この『寂しい』という感情は…?

 クセなのだろうか、挿入の前に遠藤は必ず、カイジの体をぎゅっと抱きしめる。

 とくんとくんと心臓の鼓動が伝わってくるのは、よくわからないけど好きだ。だけど、じきに離れてしまって、感じるのは一点にだけ集中してしまって…

 二人なのに…これ以上ないほど、深いところまでつながっているのに、同時に一人であることをイヤと言うほど自覚させられる。よくわからないけど、そんな気持ちにさせられる…嫌だ。

 「遠藤さん…」

 「ん…?」

「手、はずしてくれよ。いいだろ?もう…」

中断されることを気にする風もなく、遠藤は言われるまま、カイジの拘束を解いてやる。

自分の首元に延ばされる手…首でも絞められるかと、遠藤は覚悟した。

長時間拘束された手に、すぐに力がこもるようになるわけがない…と、侮ったわけではない。絞めたいなら、絞め続ければいい。その結果、自分がどうなろうとも、自分はそれだけのことをしたのだから…凶行に及んだ時点で、それはすでに覚悟していたことだった。

 だから、次のカイジの行動には、正直面食らった。

 カイジの方から抱きついてきたのである。

「お…おい」

 いいのか?と問おうとして、それはあまりに野暮だと気づいた。

 とりあえず今だけは体で語っていいらしい。

 たとえ気の迷いでも、今だけは…

 漂う紫煙の匂いで目が醒める…少し眠ってしまったらしい。

「タバコ…」

「ん?」

「俺にも」

「ほら」

「もう、あんたが今吸ってるのでいい。火点けんのめんどくさい」

 やれやれと、遠藤は吸いさしのタバコを渡してやる…が、背を向けてタバコを吸うだけならまだしも、そのまま毛布に包まってしまおうとするカイジには、さすがにあわてた。

 「こら、バカ。吸うなら吸う、寝るなら寝るでどっちかにしろっ!火事になるっ」

 だが、毛布をはぐって、遠藤はちょっと後悔した。カイジがべそかいてたからである。

 きまずくて、頭をぼりぼり掻く遠藤…

 「……ちゃうんだ」

 「んぁ?」

 最初の部分が聞き取れなくて、うろんげに聞き返す。

 「俺、やっぱり売り専バーとかに売られちゃうんだ…」

 最後の方ではどうやら自分を受け入れてくれたので、体でなんとか伝わることもあるらしいと、少しだけ安心してた遠藤は、どうしてそういう展開になるのか、現状が理解できず、呆然…

 「だって、あんたに優しくされて、こんなこと憶えこまされる理由なんて、それくらいしかないじゃないか」

 しまいにはわぁわぁと泣きだすカイジ。

 多分処女でもこんなに扱いづらくないような気がする…と、遠藤は頭を抱えるが、言葉の裏を読めば、少なくとも体だけはお気に召していただけたようで、自然と頬がゆるむ。

 「バカ、売ったりしねぇよ。第一お前、素寒貧でも借金はねぇじゃねえか。売る理由がねぇだろ」

 頭を撫で撫でそうなだめてみるが、カイジはえぐえぐと泣きやまない。

 今までの遠藤の行動が招いた結果なのだから、自業自得。だが今回に限り、きちんと説明すれば、わかってはくれそうだが…

 言わなきゃダメかね?あのこっぱずかしいセリフを。

 いわゆる『好き』だとか、『愛してる』とか…言ったあとのことを考えて、遠藤はまた頭を抱えた。ガラじゃないっ!断じてガラじゃないっ!ついでにそれを言葉にすると、なんとも表現しづらいカイジとの絆が、瞬く間に薄っぺらいものになってしまいそうな気がする。

「なぁ…こっち向けよ。えっちのあとに背中向ける男なんぞ、女に嫌われるぞ?」

 その場の空気をなんとかしようと、声をかけてみるが、自分が『女』にした男(それもおそらくチェリー…)相手にこのセリフはどうよ?と、遠藤自爆。

 もうあきらめて、カイジの背に寄り添って寝てしまうことにした。

 なんだかそうしてると、どうやっても永遠に自分の片思いみたいで、少しだけ切なくなってきて、自分もカイジに劣らず、案外女々しいのな。などと自覚する。

 まぁいいか。野郎同士が両思いでベタベタなんぞ、暑苦しくてかなわんしな。

 今はただ、手を伸ばせば抱きしめられるところにカイジがいる…ただそれだけでいい。

 闇と沈黙…初めての人となった男の、安らかな寝息。

 それらの支配する寝室を、カイジはそっと抜け出す。

 売春だなんだと悪あがきで騒いでみても、わかってしまった…遠藤の心も、そして自分の心の内も…

 だから離れなきゃならない。

 ほんの少しだけ考えたのだ。男同士の付き合い方なんでわからないが、普通の男女のカップルみたいに、同棲の真似事をしてみてもいい。女房役といえばなんとなく抵抗はあるが、家事は苦にならないから、まぁなにかバイトが決まるまで、新妻みたいに遠藤の帰りを待っててもいい…それだけなら(男同士の不自然感は脇にどかして)なんかちょっと幸せそうな気がする。

 だけど俺、極悪金融業社長としての遠藤さんなら嫌いだし…それに遠藤さんがもし、俺に好意を持ってくれてるんだとしても、生き死にの博打にのめりこんでテンションハイ状態の俺を好きなら、二重人格みたいなもんだから、今の俺とはぜんぜん違うんだよ。

 つながることで決定的に切れてしまうより、細くても絆がどこかでつながっていると思える方がまだいい…それがまた、次に会うときは地獄の水先案内人とそれに連れられる哀れな羊という関係性だったとしても。

 一度出た寝室にそっと戻り、よく眠っていることを確認すると、カイジは遠藤の耳元にそっと囁く。

「俺の探し物は、多分あんたが持ってるよ。だから次に会うときには返してくれ」

 それは再び会うためのまじない。恋する乙女か?と苦笑したのち、カイジは今度は本当に寝室を、遠藤のマンションをあとにした。

 パタンと玄関のドアが閉まる音を聞き、遠藤はまぶたをあげる。

 けだるく身を起こすと、ベッドのサイドテーブルの抽斗を開けた。

 「実際、かわいそうなことをしちまったな…」

 よく考えれば、遠藤が堕ちた地獄とよく似たところに、すでにカイジは堕ちていた。

 遠藤はこの年で年下の男なんかに恋をしてしまったがゆえに戻れない…そしてカイジは体に烙印を押され、耳や指を落としたがゆえに戻れない…『同じ日常には二度と戻れない』そんな地獄。
 遠藤は今回のことで、カイジに男とやってしまったという、さらに日常から離れる付加価値をつけてしまった。

 「お前の性格なら、親から貰った体えおぼろぼろにして、何も得ずに実家には帰れないよな」

 カイジの部屋を引き上げる際、隠すように…だが大切にしまわれていたそれを遠藤は見つけ、それだけはこっそり保管していた。

 それは本当にごくありふれた、普通の家族写真…だが、父親も写っているカイジの幼い頃のそれは、カイジにとってとても大事なものだろう。実家に帰れば、まだ他にもあるのかもしれない。だが、兵藤に目をつけられたカイジは、家族を巻き込まないためにも、二度と帰れることはないのかもしれないのだ。

「次はちゃんと、酒でも奢ってやるさ」

 それが果たしていつになるのか…

 ただ、そう遠くない未来であるという予感だけはあった。